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春よ、来い!
暖かい春よ、濃い 来い!
幸せを運んで、やって来い!
わが家に、おいで!
だからではないが、天使がやって来た!
天使が降りてきた!
数個の? 数匹の? 数体の? あ~、まぎらわしい。
数個の淡い光が舞い降りる。
寒いお昼下がりの出来事。
蛍火が舞い降りる。
あわい、淡い明かりを揺らめかせながら降りてくる。
普段なら、気付きもしない。
況して、こんな真昼にあんな薄明かりでは気付かない!
淡い、か細い明かりで舞い降りる。
蛍火。
白い雪と共に舞い降りる。
淡い光が舞い踊る。
その淡い光。
お日様は出てない。だから、お日様の光のせいでは無いみたい?
それとも、老人の幻覚? 鮭の呑み過ぎで幻を見ているの?
近頃、否、だいぶ病院にも行っていないので、こんな幻覚を見るのは、歳の為か、病なのか判断がつかない。
しかし、見れば見るほど、淡い光は生きているように、自分の意志があるように自由に舞い踊っている。
楽しげに。
嬉しそうに?
これは、見ている旦那様の感覚?
庭が見渡せる、離の部屋から、何気なく庭を見ていたら雪が降りだした。
始めは綿雪であったのが、ぼた雪に変わり辺り一面、真っ白の雪景色に変わったのです。
その庭に、天使が雪と共に舞い踊っている。
今日は妬けに、寒かった。底冷えがひどかった。
外を見て、なるほどと思った。
お昼ごろから雪が舞いだした。
大きな棉雪が舞っていた。
その棉雪と一緒に、淡い光が舞っていた。
始めは、何だろうと?雪が明かりを持っているわけがないのにと。
何気なく、見つめていたら、その明かりが微笑んでいる。
淡い蛍火が微笑んでいた。
気付いて、呆気にとられた。
旦那様は、炬燵から這い出て、離の部屋のガラス越しに庭を眺めています。
旦那様の周りには誰も居ない。
又兵衛は、炬燵の中。
奥様はお出かけの筈。
旦那様一人が見ています。
数個の淡い光は、ダンスでも踊っているように絡みあったり、離れたりして舞い踊っています。
素敵なファンタスティックな光景です。
あ~、いい眺めです。
その光景に見惚れていると、後ろの引き戸が開き。
“ なにをなさっているのです、そんな所で ”
振り向けば、奥様が怪訝な様子で立っておられる。
旦那様は、びっくりなさいました。
だって、奥様はお出かけになられた筈?
それでも、言葉が詰まりながらも。
“ 見ました! ”
私が尋ねたら。
“ お酒が降って来るわけ無いでしょう。”
奥様の言葉が紛らわしい。まだ、寝ぼけていらっしゃるようだ。
まだ、夜ではないのに?
話の辻褄が咬み合わない。
現在の状況を認識しておられず、私の気持ちと奥さまの雰囲気が滞っているのです。
それでも、私が。
“ 雪の中に天使が・・・ ”
と言いかけて、奥様のお顔を見て言葉を飲み込んだ。
事実を、有りのまま教えても、奥様は信用しないばかりか。
その事が本当なら、と。解かれば、狂乱状態になること間違いなし。
普段は怖いものなしの奥様。なんでも来いのお人です。
けれど、お化けには弱いのです。
でも、その手の、童話的なお話は、大好きなお人。
でも、しかし、どうしたの!
今は、お昼なのに。奥様の衣装が寝巻き姿。
そして、その奥様の寝間着姿が妙に色ぽい。
それと、何故か若い時のお顔。
妙に艶やか。
どうしたの!
どうしたの!
“ どうしたのです、妙な顔して ”
奥様のお声も、若い時の声。
奥様の立ち姿が、昔の若い時の胸のハリ具合!
あ~、妙に色ぽい。
しかし、旦那様が淡い光を見ようと庭を伺って、奥様の方に振り返った時には、奥様が消えていた。
後ろの引き戸の音はしなかったのに、と。
何処に行かれたの?
庭を見て、振り返った時には、若い奥様の姿が消えていた。
その時、庭で舞い踊っていた天使達が微笑んで、軽くウインクしたのを、いつの間にか炬燵から出ていた又兵衛が、みていたのです。その一部始終を見ていたのです。
淡い光の天使たちが、わが家の庭にある桜の木に吸い寄せられています。
その光景を観ていた猫の又兵衛が微かな声で。
“ ニャ~
春よ、来い。
幸せを運んで、やって来い!
素敵な想い出を連れて、やって来い!
あなたのそばに。